NO.145930 ・蓮華さん(女性/24歳) 2007/02/27 17:08:08
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そうでしたかぁ、書き込みをしようとしたお話は仏法の中の、欲のコントロールについてのお話だったんですね。精進のお話、またの機会に聞かせてくださいね。楽しみにしてます(^^)…でも、たしかに欲を出さないための精進についての話だけに、続けて同じ内容を書き込もうとするのは変な感じがしてしまいますね(笑)仏教の本質は人の悪い欲をコントロールするって部分を核にして教えてくれているように感じています。だからこそ、人は仏法に救われ癒されていくのかもしれないですね(^^)大切な人の死を目の当たりにして感情のコントロールを正しくできる人はいないので、真さんの今までの人生は人として当然の感情と向き合ってきたんですよ。私もずっと、情緒不安定でしたもん。感傷的になって、闇は深くなっていくばかりの悪循環の中で生きていました。真さん、恥じたり悔やんだりする必要はないです♪人として普通の感情なんです。激しいショックから正気を失ってしまうのは、彼のことをそれほどまでに大切に想っていた証です。彼は幸せだと思います。真さんのような優しいかたと親友の絆を育んだことを誇りに思ってくれているはずです☆彡自分が死んでからも誰かの記憶に強く遺れることほど嬉しいことは、ないと思いますよ。肉体は消えても魂が誰かの心に生きていることは故人にとって本望だと、私は信じています☆彡そして彼は真さんの心に生きている、それが彼の本望だと感じます。真さんの対人関係に疲れてしまう気持ちも、もの凄〜くわかります。明るくできる気分ではないのに、気丈に元気に振る舞おうと自分を演じる…そんな生活をしているうちに、私は私自身を見失い…生きている心地を実感することがないまま生きてきましたよ。気分が多少安定してきて楽しいかな、と感じるようになっても心から幸せだと感じていなかったり、変に冷淡な自分がいたり…。自分ってどんな人間だったっけ?って考えた時期を思い出しました。私の場合、幸せや喜びなどの心が温まって穏やかになれる時間を見つけるようになってから、自分とゆう人格を思い出せた感じです(^^)そしてそれが仏法の教えの中にあった…。光を発見したようで、感動しましたね〜。…と、私の話ばかりしてしまってかんにん。(大阪人なもんで大阪弁だしてみました♪笑)7回忌のことですが、儀式に参加していなくても大丈夫ですよ。お墓参りにさえきちんと行っていれば、彼の供養になっています。供養は場所や形はこだわらないものなので大丈夫です♪安心してください。ひっそりと心で強く故人を想い慕う、心を感じて心を通わせ、幸せを祈る…。それだけで彼の供養に繋がっていますから(^^)同級生たちとの心の差については、悲しいですが、差が生じてしまうのは…亡くなった彼への思い入れの違いからくるものだと感じます。だから…分かち合えないことは辛いですが、仕方がない部分として、受け流せるようになれると真さんの心も楽になれるような気がします。かけがえのない人を失った辛さは…ほんとうに深く苦しい痛みを伴う傷です。傷を抱えたまま無理をして新しい友を作り話に花を咲かせたり、明るく振る舞えないのももっともなことなので、ありのままの真さんで居てください☆彡私の教わった仏法では、7回忌で故人はさらにワンランク上の世界に浄化されると聞きました。真さんと彼の魂は、7回忌という現世の時間の句切りで、共にワンランク上に精進・浄化できたのではないでしょうか(^^)誇らしいことであって堂々としても良いと思いますよ☆彡7年前の私はテレビ(特にニュース)は見ていない子だったので、事件については見当をつけることが出来ないのですが、真さんの知人がこの書き込みを目にしても気付かないままでいて欲しいなと思います。。。それにしても、私と真さん、不思議な縁ですね。江原さん(あの、巷で噂のスピリチュアルカウンセラー)のおっしゃる前世での縁だったりして☆そういうものが、確かにあるのかもしれないと信じてしまいそうです(^^)だって真さんとの会話はスラスラと言葉が溢れてきて、本当に古くから知り合いだったような…不思議な癒しや和みのパワーを私も感じています☆彡真さんもそう感じてくれていることが嬉しいです(*^^*) |