NO.908577 ・るっきさん(女性/50歳) 2016/02/29 20:37:08
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ラインというのは短いメッセージを一方的に送るツールであって、コミュニケーション(会話)のツールではないと思いますよ。 「言っているつもり」 というのは、相手にとっては独り言のようなものかもしれないし、別の意味に受け取っているかもしれない。 話し合いは、何かの目的があるからこそ成り立つのですが、そもそも、目的と主題がずれているのでは? あなたが「問題点」と思っていることを、相手は「どうせサークルだし、どうでもよいからさっさと決めたいこと」と思っているのでは? 争点がずれていることは疑いの余地なしと思います。
人間関係に困ると、相手の悪いところと自分に都合の悪いところだけが気になり始めるので要注意です。 人間関係は一人で作るのではなく、自分自身もその歯車の中にいるわけです。 多数意見と少数意見のうち、多数意見が正しく、それが常識で、そのようにならない場面があると常識から外れている少数意見の人が悪いとみなす。 という傾向はとても幼稚で、感情的ともいえる判断ですね。テロリストの基本思想でもあります。 相手が嫌な奴だから・・・というよりも、あなたが正しいと思っていることが理解されず、ないがしろになっていることにイライラしているのだと思います。自分の正当性を認めて欲しい、ということでしょうか。 でも、双方が正当性と自身に有利な采配を主張していては何も決まらない。 お互いに歩み寄って、合意に達する必要がありますね。 win-winというビジネス用語がありますが、提携などの時に「双方が勝ち得る」、ということですね。同意語でdonant-donantというのが仏語ですが、こちらは「与え合う」という意味です。結果は同じだとしても、プロセスが違うような気がしませんか。
まず、問題点を共通認識すること(問題提起をはっきりと公の場で行い、自分にとっては重要事項であることを理解してもらう) 解決方法を決定する(相互に話し合うなり、サークルの他のメンバーと一緒にミーティングするなど) 決定事項を今後に反映する(パートの決め方のプロセス決定)
社会に出たら、意見を聞いてもらえるようになるのに何年もの時間を要します。信頼関係を築いたり、自分にとってより快適な環境を構築できるのは自分自身だけだということに気づきます。 それは一概に競争ということではなく、相互理解と環境整備のための地道な努力ですよね。 小中高校という安全・平等・規則・カリキュラムが存在する社会は、実社会には存在しません。 選択の自由を手に入れる代償として、不安を克服しなければならないのです。
人間は生涯勉強する生き物ですから、これらの問題から今逃げたところでいつかまた躓きます。この問題は失敗しても人生に関わらない、どちらかというと初歩的な問題ですから、成長の一環の試練であると考えて自力で乗り越えてみてはどうでしょうか。(主導するのはあなたですが、もちろん、仲間や家族の援助は利用しましょう)
このような窮地というのは、人間が一回り大きくなれるチャンスでもあります。あなたの努力は必ず報われる時が来るし、そんなあなたを見ていてくれる人も必ずいます。
あなたと相手の価値観の違いに気づくこと、 それを理解はできなくても受け入れること、 友人関係になれなくても最低限のコミュニケーション環境を構築すること(周囲を巻き込むことも一つの方法)
じゃないかな? 実社会では、これが習得できていないととても苦労をします。 リラックスしながら、少しずつ実践してみてください。 |