NO.901930 ・ナインさん(男性/99歳) 2015/09/10 17:58:33
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何をもって「まとも」だとか「更正したか」と解釈するかだ。
確かに本の出版とその内容とで、犯罪を犯してを尚、殺人衝動へと結びついてもおかしくない「強い自己顕示欲」が酒鬼薔薇に内在している様子は見てとれる。
しかし、だからといってヤツが再犯を繰り返しているわけでもなく、一般人のように暮らしているのだから、そういう意味では更正は成されているという判断ができるだろ?
人というのは結局のところフタを空ければ、感覚の強弱はあるにせよ、誰もが自己中心的だったり、それほど自己顕示欲が強かったり、狡猾だったり、残忍だったりする。浮気だのイジメだの、まさしくそれら自己中心性があってこその行いだ。ぶっちゃけただの兄弟喧嘩だって言ってしまえば同じものになる。
なので、人間はそれを「理性」や「道徳心」なんぞでようやく抑えている状態にあるだけのが“実際”だ。皆、狂気性を孕みながら理性で抑えて生きている。それが人間社会ってやつだ。
また、その理性だの道徳心だの人的モラルや倫理観というのは、産まれた後の環境や教育でしか備わらないものなわけで、「やってはならぬ」と教えられてようやく備わる感覚でしかない。
生まれながら殺人鬼なら刑務所の中でも殺しまくってるのでな。 少なくともヤツが出所後、再犯を犯さない限りは、更正したと見なせるだろ。
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