NO.877823 ・優しい時間さん(男性/56歳) 2014/09/24 01:01:22
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『甘え』を内面に抱えてる親は、こころに憎しみが隠されている。
甘えを持つ親は、簡単に感情を爆発させる。 なにげない言動でさえ、不機嫌になったり、激怒する。
それはその者のおいたちにも要因があるように思います。 親に甘えることができなかった。。。 親の抑圧の中で我慢して堪えしのんできた。。。 感情を殺して(そうしないといられなかった)、親に迎合して育った。。。
そんなトラウマを抱えているように思います。
だから、そうした甘えの欲求が満たされずに育った親は、今度は、自分の子供や妻にその矛先を向けて来る。それは自分の欲求を満たすために。 自分の「惨じめさ」を憎しみに転じて訴えてくる。 それは「ボクを愛してよ!、ボクを構ってよ!」と叫ぶ幼児のごとくに。 それは「虚偽の愛」でもあるのです。
例えば、 「俺はお前らのために働いてやっている。。。だから、感謝しろ」とか、 「俺の言うことに逆らうとは何ごとか?」とか、 「俺はお前らを食わしてやってるんだ、だから逆らうことは許さん」とかといった暴言、恫喝をします。 エスカレートして激怒すると、今度はカンシァクを起こして暴力にも転じてくる。。。 つまり、そのような「感情的恐喝」の裏には理由があります。
その親のこころの底には、深い憎しみの感情が蓄積されているから。 幼い頃から親に甘えられなかった。そんな「幼児的願望」を持ったまま大人になる。。。だから、その飢餓感が、弱い立ち場の妻や子供に向けられます。。。。それが親の『甘え』なのですよ。 そのような幼児願望を向けられた者は、たまったもんじゃない。 まさに針のむしろに座らせられるようなもの。
そこには「コミュニケーション」は育ちません。 まして「信頼関係」も成りたちません。
コミュニケーションの主旨は、「相手の胸襟に触れてあげる」包容力が必要だからです。 子供の全てを「受け止めて」あげる。 そうすれば、子供は親を信頼するものです。 試験の点数が悪くても、いたずらをしても、泣いても、怒っても、それらを全て受け止めてあげることが大切と考えます。 そんな親なれば、子供もこころを開いてくれるものです。
愛されて育った子供は、大人になり親になっても、家族に甘えたりはしません。 傲慢な人にはなれないのです。 優しい包容力のある親は、子供の頃から親に愛されて育った人なのです。
貴女のお父様の心理的背景には、そのような概念があるのではとも思いました。
親の憎しみを背負った親は、その憤懣を子供や妻にぶつけることでこころの慰めとします。家族に甘えることで、こころを納得させているのです。
でも、その中にいれば、周囲の者まで、「うつ」となり、生きることに喪失感を植え付けてしまいます。 「親の甘えにおもちゃにされた子供」の悲劇となり、その子もまた、人生に迷宮します。それは、人生の観点からも、そうなってはならないのです。
私は思います。 そのような感情的恐喝に抑圧された時は、素直にその憤慨を相手にぶつけることだと。 ひるまず立ち向かうこと。 そのことで、親子関係が破綻することもあるかも知れない。 でも、そうしないと自分がその中で抑圧に苦しみ、生きる意欲を喪失してしまうからです。覚悟もいる。
親のこころの矛盾を受けて、堪えることの虚しさ。そこには生きる歓びは育たない。 そのような負のエネルギーを費やしても、なんの意味もないのです。 生きるということは「積極的」、「情熱」そこに意味があるものだから(そしてそこには「歓び」がある)。 もう、抜け出すことです。 脅されて生きる檻の中から抜け出すのです。 自分の人生のために、自立すること。
ご自分の人生を大切に。。。
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