NO.801621 ・テルさん(男性/99歳) 2012/11/28 10:42:35
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いくつかの所で“えっ?”って思った所が少しあったのですが…
“話しかけてくれるのは男の人のみ”って書いておられましたが… その話しかけてくれる男の人とは“友達”にはならないのでしょうか? 異性(男)とは“友達”にはならないん(なれない?)でしょうか…
私も偉そうな事は決して言えないんですが… 今自分にあるものを大切に出来ないとか大事に思えない人には、今ないものってそうそう都合よく貯まってこない(得られない)んじゃないか…というように思うんです。
いえ誤解しないで頂ければと思うのですが、決して貴方の揚げ足をとりたいって訳ではないんです。そんな事より大事なのはどうすりゃ貴方が自信がないのを変えられるかって事なので…
ただ、現実には同性の友達は沢山居るけど異性の知り合いは出来ないといって悩んでいる人って実は男女ともに結構います。 たくさんの同性の友達よりもたった一人の異性との出会いを求める人やそれを経てたった一人の恋人の方を望む人って実はとても多いです。 その人達からすれば貴方は男の人(異性)に話しかけられる人で、そしてそういう感じで男の人と知り合える力を持っている訳ですから同性(女性)からしても貴方には近寄りたいなと思えるそんな対象でもあるわけですし…なぜなら“貴方の周りには異性の知り合いがいる”からでもありどうすりゃそんな風に知り合えるかを知りたかったりもするはずですし… つまりそういう人からすると貴方はとても羨ましい人…のはずなんです。
そしてそういう人からすると貴方は不要なものは持たず必要なものを持っているいわゆる財産持ちだし、ずっと幸せにも見えるしずっと幸運にも思えるはず… そんな風に思う人の事を貴方はどう思うんでしょう?
そして、『なのに』貴方はそんな自分はダメだと思い自分に自信が持てないでいる… おかしなものですよね…
それってもしかして…“有るもの”には目を向けず“無いもの”だけに目を向けてしまっているからでは?って…ちょっと思えました。
私の少ない実体験からで申し訳ないんですが… 人って同じ物事や同じ状況があったとして…それに何かが“無い所に目を向けてそれを嘆く人”と、そこに“有るものに目を向けてそれを喜ぶ”人ってのにおおよそ分かれるんですが… なぜかしら人も運も“あるものを喜ぶ“人の所になぜか寄っていくというか…なぜか集まるんです。
そのメカニズムって具体的に貴方の話で例を出すとすれば…
例えばですがサークルで…男の人は話しかけてくるけど女の人は話しかけてこなかったとして…その男の人と仲良くなれば相手が男であれ“友達”は出来ていきます。男の友達が出来てくれば当然その男友達は女性と知り合いたがりますし…だから貴方が同じサークルの女性を“貴方から”誘ってみたりする必要がでてきて…そうやって同性の知り合いが出来ていく流れに繋がったりしますし、或いは、男の友達が出来たら当然その男に彼女が出来たり居たりするとその彼女とも知り合いになれたりもするわけで…すると当然“女同士”ですから異性の友達よりも話があったりもしますし…そんな感じでいわゆる友達の輪ってのが広がるチャンスがいくつもそこにあったり出来てったりします。 でも逆に、“男の人は話しかけてくるけど女の人は話しかけてこない”というのを悲しい事として嘆いているだけだとしたら… そしてそこでの事を“女の友達が一人もできない”とそこで完結させてしまっていたら…その先は何も繋がらずチャンスにも繋がらずそこで終わりだったりします。
ちょっとばかり宗教チックな言葉になっちゃうんかもですが… そこに“ある”ものを大事にしその“あるもの”を喜び幸運な事として大切にするか、そこに“無い”ものを嘆き短絡的にその事を不運な悲しい物事にしてしまうかで恐らく次に訪れる物事って大きく変わるんじゃ無いかと思うんです。
参考になる話かどうか判らないんですが、確か海外の動画だったと思いますけれど“わらしべ長者”の話を実際に試してみた人が何人かいたんですが… すると途中その人にとっては訳のわからん自分には全く役に立たない全く嬉しくないものを手にしてたりするんですが…、それでも“ありがとう”と相手に言って受け取って更に続けていくとその人達は最後に家を手にいれたり高級車を手に入れたりしてたんです(笑)
つまり…そこにある本来の価値を見誤ってそこで終わるべきではない事に、その目の前の訪れたものだけを見て自分の価値感だけで物事を悲しい事だと決めてしまい嘆いてしまってそこで終わりにしてしまっているだけ…かもしれないと…
そんな風に思いました。
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